小説の感想について

 
 私は十六歳くらいからオリジナル小説を書いて、書き上げる都度、誰かに読んで欲しいという欲望が沸き、今までに八十人くらいに小説を見てもらっている。うち、十人ほど自分でも書いている人だった。
 
(そのうち、五十人弱は全く感想をくれなかったので除外する。そう考えると、何でも感想をくれるだけでも、感謝しないとなぁ、と思うのだが・・・・)
 
 感想をくれた三十人のうち、三人はお金を払ってまで読んで頂いたプロで、他に二つ、小説は出さなかったものの小説講座を受けた。
 
 で。
 
 ある小説入門本で、
「三人の全然別の人間から指摘されたことは、欠点でも真実なので直せ」
 とあったが、こんなに見せていて、一割の三人もかぶったことが、ほとんどナイ。
 
 唯一あったのが、「sinoさんのは読んでると情景が浮かぶ!」と褒められたことくらいだ。(自慢)
 
 でも、そもそも私が小説らしき童話?を書き始めたとき、合作だった。
 二人か三人で、自分たちやバービー人形を主人公にして、夢の冒険話のリアルRPGを話し、私が文章に書いたのだ。
 
 高校生のときはそういう雑誌で捜した文通相手募集で(まだネットとかなくてさ)、小説を送りあって、感想を言い合う人が六人くらいいた。大体、一、二作品送って感想を貰って、自然消滅、って感じだったけど。
 
 それが凄く楽しくて記憶に残ってるから、私は「過程で人に意見を聞く」というのを、可能ならばやってしまっていたが、これがむしろ障害になっていると気づいたのは、二十歳過ぎて初めて金を払って小説を見てもらったときだった。
 
 プロと素人の違いは、歴然だった。
 手応えを感じたのは生まれて初めてだったくらい。
 それまではちょっと懐疑的だったんだけど。
  
 とはいえ、その後も完成させたら、プロじゃない人にも見せてきたから、人数に増えていったわけだけど、こんなに人に見せていると、もらった意見や感想を聞いて、私の小説にとって意見と感想を言った人が必要か、不必要か、直観的に分かるようになった。
 私にとって必要な人かどうか、というわけではなく、私の小説にとって。
 
 見せ続けてきた理由の一番目は、金を払わないで、私の小説を高めてくれるような意見を聞けないか、という願いから。(コスい…)
 
 二番目に、私は私が読みたい小説を書いているわけだが、私的なそれを出来る限り多くの人と楽しみたい。
 なので、分かり易く伝わるようになっているか、接点はどこか、という疑問と確認のため。
 だから私が面と向かって感想を尋ねるとき、第一声は、
「分からないところ、なかったですか? すらすら苦痛なく読めましたか?」
 だ。
 
 
 正直、一番目を満たす人はいなかった(苦笑)
 ・・・・それはそうか。
 ちょっと小説をかじっただけの素人が出来たら、金を取れないだろう。
 
 が、二番目も、微妙。
 なぜ、九割近くの人が、私が見せた相手に、「ぼんやりとした介入」を求めていると思うんだろうか。
 
 「●●したほうがいい」「もっと柔らかく書いたら」「もっと自分を出したらいいのに」・・・・全部抽象的。
 
 私は、この本面白いよ!と言って貸した本の「感想」を聞くような気でいるのに、こういうの、「感想」じゃないよね?(汗)
 
 特に、良く感じるのが、私を通して「自分の書きたいもの」を書かせようとする系。
 もしくは「私」には、「”こういうの”を書いて欲しい」という、意見ね。
 二十歳の頃は、苦しめられたなぁ。
 
「あそこ(具体的な場所)が嫌だった」
「ここ(具体的な場所)が詳しかったらいいのに」
 なら、いいのに!
 
 意見が”介入”だったとしても”ぼんやり”でなく具体的で、しかも納得がいくもので、是非そうしたくても、私の筆力では限界で、結果的に無視してしまう場合は、もちろん別として。
(例えば「ここはもっときわどかったほうが印象的!」と強姦未遂シーンについて言われ、私も話の流れ的にそうしたかったが、何度見直しても私の限界だった)
 

 
 じゃ、反対に私が感想を求められたら?というと。
 
 相手が望めば、何度も金のかかる小説講座を受けてる身として、勉強になった点を踏まえて、教えたいと思う。
 当たり前だが講座と同じことが出来るわけじゃなくて、「こんなことを言われて、私は納得したんだけど、ここ(具体的な場所)に応用できるかもよ」くらいの意見だけど。
 
 そういう形の感想を求められているのではなくて感想を言うとき、その人が何を求めて書いているのか確認する。
 小説の本質の純度や精度を高めたいのか、小説の表現が伝わるか気にしてるのか、新人賞を目指すのか、枝葉ではなく幹を見て欲しい小説なのか、どういう気持ちでどういう状況でどういう経緯で書いたのか。
 
 今までに、書いた人は性的被害を受けていて、それを乗り越えるため、癒しのために書いた小説なのに、私は、「主人公の気持ちがこの表現では良く分からない、こうしたら伝わるかも」とバカ正直に言ってしまったことがあって(しかも糞みたいな意見!)、今でも非常に後悔しているからだ。(別に強姦被害を描いた小説ではなかったんだが・・・・)
 
 相手が、私の小説について感想をくれた相手なら、事は簡単だ。
 同じように、返せばいい。
 
 それをすると、何故かむかっ腹を立てる相手も多かったんだけれど、私ばかり上記のような気を使うのはバカらしいので、私がして欲しいことを具体的に求め、後はそのまま返す。
 今まで私が言った感想のようなことを踏まえて言ってくれないなら、私も言わないようにするし、「私が」意欲的に取り組めなくなるような感想なら、その人にはもう求めない。
 
 今まで私が感想について一定の基準が持てず、未熟だった頃は、小説の感想の喰い違いが発端で縁が切れた人もいたが(笑)、別に小説の感想なんて重ならなくていい。
 合わなければ、見せなきゃいいだけのこと。
 
 何を求めているかで、見せる人間を選別するのは当然だと、最近特に思う。
 私はお金を払わないで見せる場合、最近は「意欲を出す」ためだけだなぁ。
 もちろん、それが一番大事なんだけど。